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不思議な、経験だった。
この経験をしたのと、しなかったのと、ゆうちゃんに勉強を教えてもらうようになった のと、ならなかったのと、この差は大きかったと、今でも考える。 頭がちょっとは良くなったとか、勉強が分かるようになったとか、そういうことではなく、 純粋に、単純に、ゆうちゃんと「会話」が出来て良かったと、そう思えたことが何よりも 大きい。 ゆうちゃんとは、休み時間も、家に泊まった夜も、いろんな事をしゃべった。 ただ、何かこう、「会話」をしたなと思えたのは、勉強を教わっている時だけだった。 公式を通じて語り合う、というような数学者の世界に漂うよう高度なものではなく、いつ もそこには、心の奥底で何かが通じ合ってるなと、ほのかに暖かくなるような感覚があった。 それは、勉強ができるようになることよりも、人生において遥かに優先度の高いものだ。 勉強を教わっているのに、勉強と違うものを得ていくというのもなんだか変な話だが、あ れは何よりも貴重な経験であり、本当に楽しい時間だった。 たまたまゆうちゃんと通じ合えるツールが、「勉強」だったのだ。 ゆうちゃんにとってはそれが、もしかすると「ドラゴンクエスト」だったのかもしれない。 2人が野球部だったなら「キャッチボール」で通じ合えた、そんなもののように思える。 休み時間を利用してちょくちょくと行われたこの「会話」のおかげで、当時、進路などに は全く影響を及ぼさない3学期の数学の成績を、飛躍的に伸ばすことができた。 小学校の時は、「算数」の成績は良かった。 教科書を何度か見るだけで、ほとんどの問題を解くことができた。 他の教科がイマイチでも、算数だけは、割と簡単に「5」を取ることができた。 ただその時は、あまり褒められたこともなく、「喜び」や「楽しさ」というものは、何も なかった。 中学に上がってからは、計算をすることに非常に苦労するようになった。 ついていけないな、という思いをずっと抱えていたように思うが、それを気にする神経も あまり持ち合わせてはいなかった。 正直、どうでもいいや、とか、こんなもん将来なんの役に立つのさ、などという、今だっ たら説教してやりたくなるような事を、頭の中でつぶやいていたように思う。 あの時に、すべてが救われたのだろうと、今思う。 成績が上がったことはおまけであり、将来役に立とうが立つまいが、そんな事はどうでも よかった。 問題を解くたびに、ゆうちゃんに褒められるのがうれしかった。 淡々と繰り返されることの中に、喜びがあるのだということを、ゆうちゃんは教えてくれた。 ただ・・・、この「会話」は、楽しさだけをもたらすだけのものではなく、次第に別のこと を悟らせるようになった。 きっとゆうちゃんとは、全く別の道を進むことになるのだろう、と。
気づくと、まわりに5~6人、来ていた。
これまで馬鹿をやって人を集めることはあっても、このような形で囲まれたことは なかった。 妙なプレッシャーを感じる。シャーペンを握る手に、じわりとした汗が漂う。 しかしこのままいけば、結局ゆうちゃんが答えを出してくれそうだ。 と思った瞬間、 「はい、もう出来るでしょ!」 と笑顔のゆうちゃん。 見事に、華麗に、はしごが外された。 なんでこんなことになったのか・・・、ゆうちゃんに勉強のことを訊いたのを、ある 意味、後悔していた。 目の前の問題を、あらためて見てみる。 ゆうちゃんの説明を思い出しながら、さっきの鉛筆の動きを頭の中で追いかける。 ひとつひとつを分解したり、結合させたり、ひたすらゆうちゃんの通った道を追いかける。 まわりを囲んでいる友だちは、皆静かだ。 ゆうちゃんは、隣で頬杖をつきながら、黙って眺めている。 とここで、不思議な感覚が浮かんで来たのを、今でもわずかに憶えている。 道の先に居たゆうちゃんが消え、その先に何が待っているのかが、急に見えてくるような 感じだった。 それは、ゆうちゃんの「どういうふうに解きたい?」という問いに対する、答えのよう なものだった。 どう解けばいい?、という受けの姿勢から、攻めの姿勢へと変わる。 頭の中が自由になる。 導いてくれていたゆうちゃんの背中が消え、全てが白くなり、好きなルートを描き始める。 描いては消し、描いては消し。 しかしその先に、必ず答えが待っている。 その答えにつながる道を探すんだ。 まるでロールプレイングゲームをするように、その先に待ち受けているものを目指して、 無我夢中で問題を解いていた。 やがて、ひとつの解答に、たどり着いていた。 できた、とも言わず、しばらくそのたどってきた道を眺めていた気がする。 「すごいじゃん!」 その声に、はっとなる。 気づくとゆうちゃんがノートを覗き込み、背中を叩いていた。 「やるじゃーん」ともう一度言い、ちょっといたずらな笑みを浮かべていたのが、印象 的だった。 周囲からもなぜか、「おー」というような声がもれていた。
ゆうちゃんは、だいたいどんな質問にも、まず決まって一言目に、
「ああ、あれね! 難しいね!」 と言って、笑顔で応えてくれる。 すると、あれ? ゆうちゃんでも難しいんだ・・・と、なんだか急に安心してしまう。 不思議なもので、これだけでも、質問した甲斐があったと思えてしまうのだ。 ただこの時点では、やはり、勉強をした、ということにはなっていないので、 こういう問題もスラスラと解けるようになりたい、という心ひそかに抱えた野望を 打ち明けてみる。すると、 「この問題は、べつに解けなくてもいいんじゃない?」 と、本気なのか冗談なのか、また笑顔であっけらかんとして言ってくる。 みんなが解けない問題をスパッと答えることが出来たらカッコいい、とも思っていた ので、その言葉に、なんだか少し残念というか、しょげた気持ちにもなってしまった。 いま考えると、単細胞の極みだ。 目の前のゆうちゃんは、ぱらぱらと数学の教科書をめくり始める。 するとしばらくして、「それよりもさ」と言いながら、こちらが最初に質問をした時 からまるでそこに照準をあわせていたかのように、あるページでピタリと手が止まる。 「この問題解いてみない?」 ゆうちゃんの人差し指のところをのぞき見ると、なにやらまだ見ぬ記号さんやら数式 さんやらが、秩序よく並んでいた。 初めましてなのか、失礼ながら出会いを忘れているのか、いずれにせよ身分不相応な 出会いだったと、丁重にお断りを入れる。 「大丈夫、大丈夫、とりあえずやってみようよ!」 聞いてんのだろうか・・・。 しかしこのノリは、まるでドラゴンクエストをやっている時と同じではないか。 ゆうちゃんは、見た目は細身だが、場合によってはとても図太い。 ドラゴンクエストで、装備がまだ整わずダンジョンに入るのをためらっていると、 「大丈夫、大丈夫、いっちゃえ、いっちゃえ!」 とけしかけてくる。 まじで? と思いながらもその指示に従うと、パーティーは全滅。 その状態を見て、何かがツボにはまるのだろう、いつもケラケラと笑っていた。 まあ、じゃあ、ちょっとだけ、と問題にとりかかる。 しかし、何も頭に浮かんでこない。 平原に、ぽつんとひとり、主人公。 ドラクエでいえば、そんな感じだ。 いつもマップを見る役目は、ゆうちゃんだ。 どこに行けばいいのか教えてくれ。 「じゃあ、まず、どういうふうに解きたい?」 え!? そんなのあんの・・・数学に? 解きたいように解いて、解けちゃうの? そんな戸惑いが面白いのか、ゆうちゃんはニコリと笑う。 勉強、とくに数学を教えているときのゆうちゃんは、なんだかいつも楽しそうだった。 このような問い掛けもまた、ドラクエのダンジョンの時と同じだった。 マップを見てその構造を知っているくせに、好きな方に行ってみな、なんて言ったり するのだ。 しかし、これは違うはずだ。数学なのだ。公式をあてはめ、適切な順序で進まなけれ ばならないはずだ。その道を示せと、もう一度目で訴えてみる。 しかもやっぱり、習ってないよ、コレ。 「じゃあさ、まず持っている装備を確認してみようよ!」 そう聞こえたが、それは幻聴で、今まで習ったことを確認してみよう、という事だった。 「この部分は、あの公式。こっちの部分は、この前習った公式で・・・」 ここでようやくゆうちゃんの導きが始まる。 教科書をめくっては丸を付け、鉛筆を人差し指の辺りでくるりと回しては、下線を引く。 目の前に、今までの勉強で感じたことのない「スピード」があった。 傍観者のように、ただその鉛筆の動きを目で追うことしか出来なかった。
期末テストは、きちんと勉強したものにとっては、無事終了した。
さすがにテスト直前は、それぞれ家にいることもあったが、結局、ゆうちゃんと 坂ちんとは、結構遊んでしまった。 それでもなお、ゆうちゃんには、テスト中でさえ、気負いというものが感じられなかった。 そのためか、やはり勉強のことについて語り合う、ということもなかった。 なぜか、機会を失ってしまう。 進学先についても、本人より先に、先生の口から聞くこととなった。 A高校だった。 A高校を受けるというのは大変名誉なことであるので、クラスの中でA高校に願書 を出す者の名は、順番に読み上げられることになっていた。 そこに、ゆうちゃんの名前が入っていた。 「ゆうちゃん、A高校受けるんだ?」って訊くと、 「まあ、一応ね」と、ニコリとして答えた。 その時も、なぜかもう一歩踏み込めなかった。 A高校を受けるってどんな気持ち? とか、受験するにあたってどのような勉強法 を? など聞いてもよさそうなものだが、そのような質問がまったく頭に浮かんで こなかった。 ゆうちゃんがその後進学についての話をすることも、又なかった。 そもそも、勉強のことについて語り合うのが苦手なのだ。 変に意識して、話をするのも不自然だ。 「ま、いっか・・・」 そう思うと、続いて頭の中にとてもシンプルな考えが浮かんできた。 勉強を・・・、教えてもらおう。 期末テストは終わっていたが、逆にテスト前より聞きやすいだろうと考えた。 最初のきっかけは、数学だったと思う。 あの問題、こういうふうに解いたんだけど、もっと違う方法があったかな?、という ような感じで聞いたと思う。 しかし当時は、勉強を人に教えてもらうというのが、とても苦手だった。 まず第一に、自分でもよく分かってない事を聞くのだから、質問の言葉がなんともた どたどしくなってしまい、空気がぎこちなくなってしまうのが嫌だった。 友だちとの関係では、馬鹿を言い合ったり、冗談を言ったりして、和気あいあいとし たものを望み、それとは逆の雰囲気になってしまうことを極端に嫌っていたように 思う。 そして、勉強を教わる場合に最も恐れるのは、そんなことも解らないの?と、なんで 解らないの?の2つの言葉だ。 経験上、自称”勉強通”にものを尋ねた場合、これらの言葉のリターン率はものすご く高い。 恐れるのは、そう言われたら落ち込んでしまうから、ではない。 自慢ではないが、当時そのようなガラスのハートは持ち合わせてはいなかった。 時間を無駄にしたな、と思ってしまうのが嫌だったのだ。 ひとに何かを尋ねる場合、その多くの部分には、コミュニケーションという要素が含 まれている。 はっきり言えば、学習において最もその効率性を上げようと思うのであれば、すぐに 職員室に向かいその教科を担当する先生を訪ねれば良い。 ”バイク通”にオートバイの構造や部品の事を聞いて話を盛り上げるように、”勉強通” に勉強のことを聞いているのだ。 「なぜ私はこの問題が解らないのか」についての脳内レポートを相手に提出しない限 り、それ以上会話が進められないというのは、不都合であり、実に非効率だ。 なぜなら、先にした質問に対する解答よりも、この脳内レポートにおいて導かれる解答 の方が、ほとんどの場合においてシンプルだからだ。 例えば地理において、「アンティグア・バーブーダのある場所を塗りつぶしなさい」 という問題が出され、その答えが解らない場合は、単純に言ってアンティグア・バーブ ーダを知らない、若しくはその場所を知らないのである。 なぜ知らないのか?、これまた単純に言って、情報が不足している為である。 もしこれを解消しようとするのであれば、まず「アンティグア・バーブーダ」という言 葉を聞き、それが国の名前であることを認識し、敢えて図書館までダイエットがてら歩き、 地図を広げ「アンティグア・バーブーダ」を探せば良い。 ついでに現地まで行けば、アンティグア・バーブーダでいい思い出づくりが出来る。 ちなみに、英語が通じるので比較的安心な国だ。 かえってくる言葉が、「図書館行って来い!」なら、それはそれでスパっとした答えだ。 歩けば健康にいいし、アンティグア・バーブーダへと旅立つきっかけとなるかもしれない。 ここに費やす時間は、けして無駄にはならない。 前回出演(?)した「うのちん」などは、こういう答えを的確に返してくれた。 脳内レポートを提出させるようなマネは、絶対にしなかった。 「うのちん」もまた、摩擦の少ない美しい頭の回転を持っていた。 妙な話が長くなって、申し訳ないです。 アンティグア・バーブーダはもういいとして、普通に会話をしていて、時と場合による が、質問に質問が返ってくると、なんだかがっかりとしてしまう。 ああ、やっぱり自分で調べれば良かった、と。 特に、勉強の分野になると、なぜ質問を返してくるのか。 それとも、普段から「今何時?」と訊かれて、「何時だと思う?」とか「なんで何時か 解らないの?」とか言っているのだろうか。 もし質問の内容が陳腐だと言うのなら、そのままそう言ってもらえたほうがいい。 時間の節約になるからだ。 ゆうちゃんがどのように応えるのか、試そうとしたわけではない。 単純に勉強を教えてほしいと思ったのだ。 苦くてきらいだ、と決めつけていたピーマンを、なんだか無性に食べたくなるような感 じだった。 実際ピーマンは、農家の友だちの家で夕食に出されたピーマンを食べて以来、大好物に なった。 「それが本当のピーマンじゃよ、かっかっか!」とおじさんが豪快に笑っていた。 本当の勉強というものを知りたい、そう思ったのかもしれない。 一方その頃、肝心のゆうちゃんはと言うと、相変わらず土曜になると、 「今日坂ちんと7時頃行くからさ!」 と決まったスケジュールをこなすかのように言っていた。 正直、中学三年の夏以降、興味の大半は「バイク」にあった。 そして、土曜の夜は、バイクに興味のある者同士の集まりも増えていた。 「ごめん、今日はダメなんだ・・・」 そんな言葉を返す日も又、次第に増えるようになっていた。 あの頃、ゆうちゃんや坂ちんに対する配慮が、少し欠けていたようにも思う。 ただ、朧気な記憶ではあるが、あの帰り道、そう、内ちゃんとゆうちゃんについ て語り合った日が、少しずつゆうちゃんに対する意識を変えてもいた。 ゆうちゃんは、このまま遊び続けてていいのだろうかと、思うようにもなっていた。 N田は、本当に必死で勉強をしている。 そのN田は、完全にゆうちゃんをライバル視している。 ゆうちゃんは、よく遊び、塾にも行っていない。 内ちゃんは、そのゆうちゃんがN田に負けない、と言っていた。 本当にそうなのだろうか。 いまいち良く分からない。 ただ、もし本当にそうだとするならば、坂ちんと同様、もう少しゆうちゃんの勉強に 配慮してあげるべきなのでは・・・。 N田君の目に見える努力が、今まで見えにくかったものを抉り出す。 A高校に行くには、あれ位の努力が必要なのだということを、体現してくれた。 クラスメートにとっても、いい物差しが誕生し、いい刺激になっていたと思う。 ゆうちゃんに対しても、それによって、見えなかったもの、いや、しっかりと 見ていなかったものが、段々と浮き彫りになっていく。 ゆうちゃんも、あの「オール5」のA君も、あのライン上にあるのだ。 その意識が、少しずつ強くなる。 しかしその事がまた、混乱を招く。 ゆうちゃんは、あそこまでやってはいない。 A君は、やっている。 強力な”ママゴン”も付いている。 ゆうちゃんのお母さんは、やさしい。 遊びに行っても、何も言わない。 むしろいつも、ニコニコとしてくれる。 そして坂ちんはいつも、遠慮なく、出されたケーキをむさぼる。 やはり、配慮をするまでもなく、しっかり見えないところでやっているのだ。 と思うのだけれども、何かが腑に落ちない。 平日の夜みっちりやっているのだとしても、時間が限られ過ぎだ。 週末は、だいたい隣でテレビゲームをやっている。 いや、いるふりをして、実はいないのか。 似てるやつだったとか、いや、そんなわけない。 みんなが寝てる時に、参考書を見てる!?・・・いや、いつも手ぶらで来てるし。 やっぱりよくわからない。 限られた時間で効率よく勉強する、というのは理屈では分かるが、それにしても、 そうやってあのN田と並ぶ、ましてや超える奴がいるとしたら、それこそ正真正 銘の天才だ・・・・・・。 そんな人いない。 こんな身近にいない。 伝記とかでしか見たことないし。 ムリムリ。 けっきょく、あるひとつの結論に達していた。 ゆうちゃんのラインは、今下降線にあるのだと。 みんなは、かつて「神童」と呼ばれた頃のゆうちゃんの幻影を見ているのだ。 常々そのプレッシャーから開放されたがっていたところに、あのハッスルN田君の 存在が追い打ちをかけた。 迷えるゆうちゃんは、その突破口を土曜の夜の「ドラゴンクエストと愉快な仲間 たち」に求めた。 そうなのだ、あの週末のお泊りには、そのような深い意味が込められていたのだ。 お母さんがにこにこケーキを出してくれるのも、そう、もう親には相談済みだった のだ。 だからあれだけガヤガヤと押し掛けても、何も言わず笑顔でいてくれたのだ。 そうでなければ、あれだけ意地汚く坂ちんがケーキを頬張った時に、「何?この 子・・・」って顔をするはずだ。 妹からも深刻そうな面持ちで、「お兄ちゃんをよろしくお願いします」って言わ れた・・・気がする。 いや、それは妄想か。 真実を知った、気がした。 ゆうちゃんは、受験地獄を回避し、楽しくリラックスして生きる道を選んだのだ。 そして、その事を知っているものは、少ない。 内ちゃんも、またもしかすると坂ちんでさえ、気づいてないのかもしれない。 ま、あまり深く考えず、またゆうちゃんとは遊ぶようにしよう。 なんにせよ、もうすぐ期末テストがあるのだ。 全てはそこではっきりとする。 N田は、学年で1位を取り、A高校に進学すると豪語していた。 おそらく、そうなるだろう。 ・・・・・・ゆうちゃんは、何位になるのだろうか。 今まで、あまり考えたことがなかった。 もう少し、関心を持ってみよう。そして、進学先の事も聞いてみよう。 夏から秋へと季節が変わるにつれ、ゆうちゃんとの関係もこれまでのものとは違う ものへと変わって行きそうな気がして、胸のあたりが少し、緊張していた。 その後も、N田君は絶好調だった。 テストが返されるたびに、教室の一番前で、満面の笑み浮かべながら「うしっ!」 とデストラーデ(元西武ライオンズ)のようなガッツポーズをとってみせる。 時には、腰を前に突き出し、Jリーガーがゴールを決めた時に見せるようなポーズ もとってみせてくれた。 言うまでもなく、良い点数をとったというアピールなのだが、あれはあれでなか なか面白い芸だった。 またN田君のその行動は、教壇のすぐ前の席に座る「ハタノさん」(仮名)への 恋のアピールでもあった。 その事実を知るものは少ないが、N田君が誰かに話したのだろう、一部の人間 にはバレバレとなっていた。 まあ、例えその事を聞いてなくても、N田君の目線を注意深く見ていればよく 分かる。 ガッツポーズをとり、一応教室中を見回した後、最後に必ずハタノさんの方に 2~3秒目が止まるのだ。 ハタノさんもノリが良く、笑顔で拍手をしたりしていた。 傍から見ていて、微笑ましい光景でもあった。 しかし、 N田君は本当に頭がいい、頭がいいのだが、とても大事なことを見逃していた。 ハタノさんは、実はとてもミーハーなのである。 ”清楚”で ”おとなしめ”とも取れるその風貌からは、想像もつかないほどの ミーハーなのだ。 ただハタノさんに悪気はない。 本人は、あっけらかんと、そんな事を自分で言ってもいた。 本人に確かめもせず、その外見から勝手なイメージを持ってしまうのがよくない のだ。 しかしながらN田君の恋のボルテージは、日に日に増していたように思う。 ハタノさんから送られる笑顔の拍手に、頬を染める赤の色は、一層深くなり、もは や何かが爆発してしまうぅぅ、というような笑顔が印象的であった。 嗚呼、あれが真の恋をする者の表情なのだと、いまだ脳裏に焼きつくほどの笑 顔を、N田君は見せてくれていたように思う。
中学三年生というのは、少なからず誰にとっても、変動の年となる。
一学期から高校進学を意識している者もいれば、途中から急激に目覚めて くる者もいる。 クラスメイトでも、鬼のような勢いで成績を伸ばす者がいた。 「N田君」だ。(少しまずい事を書くかもしれないので、匿名性を強めておく) N田君も、たぶん、もともと成績が良かったと思う。 ただ、特に目立つようなものもなく、雰囲気も地味だった。 それが、急にアグレッシブ野郎に変貌した。 たしか、どこかの有名塾に通うようになってから、だったと思う。 「おれはA高校に受かって見せる!!」 教室の前に立ち、急に雄叫びをあげるN田君。 N田君の言う「A高校」とは、とっても優秀な学生の集う高校の事だ。 わが中学校にとっては、やはり進学先における”最高峰の高校”といえる。 ひとつのクラスからA高校に行けるのは、ひとりか、ゼロか。 そこにいきなりN田君が名乗りをあげたのだ。 その言動にちょっと引きつつも、「へえ、すごいなぁ」と単純に関心した。 実際その凄まじいエネルギーは教室中をビビらすものがあり、クラスメ イトのほとんどが、「まあ、あいつなら受かるかもな」という風にみて いた。 N田君は先生に取り入るのもうまいので、学校側からのバックアップも 万全だった。 ただ、頭の出来は良いとして、性格上やや問題があり、「アンチN田君」 が多かったのも、また事実としてあった。 ある日の帰り道、 「N田って、なんか急にすげえ頭よくなっちゃったんだよね。A高校 に行くんだって!」 と言うと、いつも一緒に帰っていた「内(ない)ちゃん」が、 「N田? ああ、あいつね。でもゆうちゃんには敵わないんじゃない?」 と前を向いたまま、ぽそりと言った。 この「内ちゃん」もまた後々登場することとなると思うが、いわゆる わが中学で”番を張ってた人”、だ。 当時でも「番長」はかっこわるいので、あんまりそういう風には言わな いでくれと、内ちゃんはいつも言っていた。 実は、ゆうちゃんとはこの内ちゃんを通して、中学一年の時に知り合っ ている。 内ちゃんとは、部活が同じだったため、中学に入ってすぐに仲良くなった。 でかいなあ、という印象だった。 放課後、校門のところで遊んでいるときに、ゆうちゃんが通りかかり、 「あ、あれゆうちゃん。すげえ頭がいいんだよ。君とはしゃべっちゃ いけない人なんだよ」 と笑いながら内ちゃんが言ったのを覚えている。 内ちゃんは、人の輪を作るのが上手だ。 もしそのきっかけが無かったら、中学三年になっても、あそこまでゆう ちゃんと喋ることもなかったかもしれないと、いま振り返っても思う。 N田がゆうちゃんにかなわない・・・?。 その言葉に、すぐにぴんと来るものがなかった。 「そうだそうだ」と、首肯することもできなかった。 ゆうちゃんの成績が良い、というのは、なんとなく理解していた。 けど、成績表とか、テストの点数とか、はっきりと見せてもらったことが なかったので、イマイチよく分からなかった。 「遊ぶ」ということが全てで、あまりそちらの方には意識がなかった。 ただ、とにかく何にせよ、客観的に見て二人には大きな差がありすぎた。 N田君は、猛烈に勉強し、それを教室中にアピール。 ゆうちゃんは、いつも教室の端のほうで、ひょうひょうとしている。 そして、土曜の夜は、徹夜する勢いで、ドラクエをやっている。 勉強しなきゃとか、テスト前だとかいう言葉も聞いたことがない。 ゆうちゃんがどこの高校に行くのかも、その時は知らなかった。 たとえ神童と呼ばれた人間であっても、あれだけ遊んでいれば、間違い なく地に落ちていくものだ。 内ちゃんはクラスが違うから、N田君の怒涛の勢いを知らないのだ、そし て、ゆうちゃんがドラクエにはまってしまっているのも知らないのだと、 単純にそう思い、夕暮れの畦道を歩きながら内ちゃんのでっかい背中に向 かって、そんな現状を説明するように、しばらくしゃべり続けていた。 すると内ちゃんはちらと振り返り、 「まあ見てなって!」 とチャーミングな笑顔を見せ、また黙々と歩き始めた。 内ちゃんの観察眼は、するどい。 だいたいいつも言っていることは、当を得ている。 とすると、ゆうちゃんは、あのN田君より頭がいい?。 ということは、オール5をさらっと取ってしまうA君よりも、ひょっとす ると頭がいいのだろうか?。 畦道を這うように横切る「ウシガエル」を眺めながら、そんなことをぼん やりと考えていた。
当時、ゆうちゃんもハマってしまった「ドラゴンクエスト」。
この「ドラゴンクエスト」をクラスメイトの「坂ちん」を交えて、毎週末 誰かの家に泊まって、徹夜で、しかしながらちょっとずつ進めて いく、というのを3人で楽しんでいた。 仮想の世界を3人で冒険する。 それは、とても楽しいものだった。 RPG(ロールプレイングゲーム)というと、ひとりでコツコツとやる、 というイメージがあったのだが、土曜の夜を待ち、いつも共に協力して 進めていった。 ゆうちゃんはいつも、マップ(地図)をじっくり見ていた。 坂ちんは、後ろのほうに陣取り、司令塔のように、時には応援団のように、 声を上げ、はしゃいでいた。 夜中になるとテンションも上がり、おかしな話が増えてくる。 坂ちんが時折わけのわからないことを言うので、その都度ゆうちゃんが 的確なツッコミを入れていた。 決しておとなしくゲームを続ける、ということはなかった。 けっきょく、「ドラゴンクエスト」は口実で、土曜の夜の興奮を3人 で分かち合っていたように思う。 「最後の敵」、いわゆるラスボスとの対戦の時は、またすごい騒ぎだった。 集まったのはゆうちゃんの家だったが、気を使うことを忘れ、騒いでしま った。 いよいよここに来てしまったか、という思いも強かった。 3人で一緒にやってきて、それももう終わりと思うと、寂しくもあり、 しかしながら、みんなでもうすぐエンディングが見られるという興奮も またそこにはあった。 最後だけは、ゆうちゃんも坂ちんも、ただただ画面に見入っていた。 2人の、驚きと、笑顔。今でも、思い出せる。 当時から社会問題になったり、いろいろと言われていたゲームだが、2人 のあの笑顔を見させてくれた「ドラゴンクエスト」には、感謝したい。 ちなみに、ここで出てきた「坂ちん」。 この坂ちんもまた、かつて神童と呼ばれた男。 坂ちんの能力は、勉強ではなく、野球。 ゆうちゃんと同じ小学校出身で、誰もが震え上がる剛速球を投げまくっ ていたのだ。 しかしそれがなぜか、中学に上がるとピタリと野球をやめてしまった。 中学三年生になって知り合った坂ちんは、単なる「ゲーム大好きゆかい な奴」だった。 できたらこの「坂ちん」も、また別の機会に紹介したいと思う。 この坂ちんは、とてもいい奴だった。 3人のバランスを上手くとり、そして同じ小学校出身ということもあって か、ゆうちゃんの良き理解者でもあった。 ゆうちゃんの「頭の出来」というのを良く理解していて、「ゆうちゃん 大丈夫なの?」と勉強の時間を心配するような言葉をまるで親兄弟のよ うに、時折発していた。 ゆうちゃんが、「今週末もドラクエやろうよー」と言う。 すると坂ちんが、「ゆうちゃん、大丈夫かよ!?」とまずブレーキをかける。 「平気、平気!」、とゆうちゃん。 「じゃあ、決まりー」 こんなやり取りを、何回繰り返しただろうか。 あの週末が、延々と、続くような気がしていた。 それは、単純に「隠す」という力を指すものではない。 勉強というものがあまりにも、ゆうちゃんにとって自然過ぎたのだ。 自分にとって苦手なものだったり、合わないものだったり、無理な ことをやっている時というのは、周囲の人間からは一所懸命やって るな、と見えるものである。 一種の、なんらかの負荷がかかっている時というのは、その人の現 状というものを把握しやすい。 つまり、勉強してるな、とか、野球やってるな、とか。 それが「悩み」にまで昇華されれば、相談にのることもできる。 ゆうちゃんには、三年間、いや、クラスメイトとなり頻繁に遊ぶよ うになった中学三年生の時でさえ、そのような状態を一度も見たこ とがなかった。 なので、ゆうちゃんは勉強が出来る人、ということを忘れ、しばしば ゆうちゃんの時間を奪っていたように思う。 あまりに自然体であるため、頭の壁(ずばり頭脳の差)を感じること もなく無邪気に遊んだ。 遊んでいる最中に、ちょっと勉強があるから、とか、塾があるから、 とか言いだす事もゆうちゃんにはなかった。 いや、それどころか、ここが最も不思議なところであったのだが、主に 遊びの約束を持ちかけてきたのは、ゆうちゃんの方なのだ。
ゆうちゃん」と知り合ったのは、中学校一年生のとき。
その時はまだ、「友だちの友だち」程度の関係だった。 ゆうちゃんは、割と有名人で、みんながなぜか自分のことを誇るか のように、「ゆうちゃんて頭いいんだよ~」とよく言っていたのを 憶えている。 ゆうちゃんはどうやら、小学校時代は「神童」扱いだったらしく、 同じ小学校出身者にとっては、自慢の存在だったのだ。 そう聞いても、その時はまだ、ふうん、という感じだった。 「遊び」がすべての中心にあった自分にとって、あまりそれはピン と来るものではなかった。 又、「オール5」をさらっと取るようなA君が同じ野球チームに いたため、まあA君には敵わないだろうなと、その時は心ひそかに 思っていた。 結局、中一、中二と、ゆうちゃんと軽く話をすることはあっても 成績とかには全く興味がなく、実際どうだったのかを今でも思い出 すことはできない。 いや、例え関心を持って観察していたとしても、ゆうちゃんの凄さ というのは後から振り返って分かるものであり、あの時に理解でき るような種のものではなかったように思う。 目に見えにくい才覚、というよりも、そう、ゆうちゃんは今思うと、 そういった部分を見えにくくする才能に長けていたのだ。
「天才」というのは、存在しない。
そう呼ばれている人も、実は懸命な努力をしているものなんだ。 確かにそうなのだろう。 単純に言って、頭のいい人間は、人よりも机に向かっている時間 が長い。 成績の良い友人は、大抵そうだった。 普段いくら仲良く遊んでいても、テスト前になると、早めに家に 帰ってしまう。 「全然勉強してなーい」という言葉には当時はよくだまされたが、 後からよくよく考えてみると、皆しっかりやっていた。 友達の家にずうっと居ると、そこのお母さんから「○○君、もう そろそろ帰ってくれない? ウチの子、お勉強しなきゃいけないの よ」と追い出されることもあった。 あの時の目は、怖かった。 でも、迷惑だったのだから、仕方がない。 本人は、「勉強なんてそんなにしないよ」とよく言う方だったから、 帰ってくれとは言いづらかったのだろう。 昔は、とにかく友達の家にもぐり込むのが好きだった。 故に、追い出されることもよくあったが、その人の本当の姿を目 にする、という機会も多かった。 良い意味でも、悪い意味でも。 ちなみに、陰の努力というのは、素敵なことだと思う。 なんにせよ、付き合いが長くなればなるほど、「ああ、あれぐらい 勉強してるから、あいつは成績が良いのだな」ということが大抵 分かってくるものなのである。 しかしながら、 仲良くなり、遊べば遊ぶほど、なんでこのひとこんなに勉強ができ るの? と思わされる友人がいた。 「ゆうちゃん」だ。 ![]() さて、帰り道はどうしましょう? ズバリ、横浜駅まで歩いて帰りましょ~う。 これ、じつはお若いカップルの方々には、とってもおススメなのです。 途中、車や人通りも少なく、日が沈むと海風がとっても心地いいんです。 ちょっと遠いように思われるかもしれませんが、案外すぐ着きます。 もちろん脚力にもよりますが、もし途中で疲れちゃったらみなとみらい線 の「新高島駅」から乗ってもいいですし。 それと、最近は、日産自動車のショールームの中を突っ切れるように なったんで、歩く人には、だいぶいい環境になりました。 ショールームの車を眺めて、夢を語り合ってください。 突っ切った先が、丸井とかそごうのある所です。 もう横浜駅は、すぐそこ。 休日は混んでいるので、レストランとか予約しておくといいかもしれませんね。 みなさんが、今週末も、良い休日が過ごせますように。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() みなとみらい線のみなとみらい駅から行くのがおすすめです。 クイーンズスクエアの真下(地下駅)に着きますので、 エスカレーターで地上を目指し、遊園地の方へと向かってください。 橋を渡ったり、横断歩道を渡ったりすると「ワールドポーターズ ビブレ」が見えてきますので、そこでショッピングをするかしない かはあなた次第、さらにその向こうへと足を進めると、 赤いレンガの建物が無事みえてきます。 もう少し電車に乗ってもいい、という方は、同じくみなとみらい線 の「馬車道駅」か「日本大通り駅」から歩くのもおすすめです。 こちらの方が、歩く距離は短いかと思います。 また人混みが苦手な方は、こちらのルートの方がよろしいかと思います。 夜は海風でけっこう冷えますので、 上着を持っていったほうがいいかもしれません。 特に女性を連れていく場合には、 「片手に”自分のシャツ”を持ってるけど、 それは”オレが着るシャツ”ではないんだぜ」 と密かな目論見を立てておくと一日が楽しいかもしれません。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 行き交う人々の笑顔、レストランから聞こえてくる食器の音、ざわめき、鐘の音・・・。 こうして写真が撮れるのも、すべてその「平和」のおかげです。 幼い頃、横浜港で一斉に汽笛が鳴った光景を、今でも鮮明に憶えています。 大晦日のイベントでした。 凍えるような寒さの中で、大きな幸せを感じました。 あの時から横浜には、とても深い思い入れがあります。 いまだあの汽笛を聞いた時と同じような気持ちで、この場所を歩いていられる ことに、感謝しなければなりません。 ひとつでも多くの「幸せの景色」が、この先に生み出され、そしてその景色が 少しでも永く続くことを願っています。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]()
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